事実茨城の六車さんが本を出しました!2016/05/14茨城の六車さんよりご連絡を頂きました。六車さんは熊本六車の一族の方で、なんと40年の長きに渡り、「六車」について研究コメント: (5) 事実井上さんへ2015/11/05ご連絡、ありがとうございます。 こちらこそ、このサイトを見つけて頂き、嬉しい限りです。 富田神社については、国会図書コメント: (2) 仮説荒井さんへ2014/12/29ご連絡頂き、ありがとうございます。忰山(かせやま)源三郎宗時について、手持ちの資料で調べてみたのですが、記載はありまコメント: (0) 事実宮崎県児湯郡の六車氏2014/03/20大内町史に宮崎県児湯郡の六車氏についての記述もありました。高鍋町に入植した六車氏と川南町に入植した六車氏です。 高鍋コメント: (0) 事実見えてきた先祖2014/03/18祖父の戸籍謄本の住所から先祖を推測していますが、当時の住所がどの辺なのかがわかりませんでした。ただ、国会図書館で明治コメント: (0) 事実続安富さんへ2014/01/25その後、加西市史を調べてみると安富講についての記述がありましたので、共有させて頂きます。「故あって」とは何があってどコメント: (7) 事実安富さんへ2014/01/12大変興味深い情報、ありがとうございます!細川氏、黒田氏は安富氏とのつながりだったのですね。確かに、細川氏の家臣一覧にコメント: (0) 質問全国の六車さんにお聞きします2013/10/26コメント: (26) 事実長嶋監督でお馴染みの六車さん2013/10/02本日、会社に出社すると同僚の子が話しかけてきました。 朝方に長嶋監督でお馴染みの警備会社の方が異常検知で訪れたそうでコメント: (0) 事実友人が聞いた六車さんの電話の取り方2013/09/25カメラマンの友人S氏が、東京駅近くを歩いていた時のこと。 何気なく耳に入ったのが20代のサラリーマンの電話の受け方でコメント: (0) 事実水主楠谷の六車氏2013/09/22水主楠谷に建つ家に城の石垣があったとのことで、大内町史にヒントがないか調べてみると恐らくあのあたりまでは虎丸城の縄張コメント: (0) 仮説馬篠の六車氏の推測2013/09/22皆様から頂いた情報と大内町史、白鳥町史から馬篠の六車氏についてだいぶ分かってきました。生駒親正の讃岐入部の時に、塩業コメント: (0) 事実有力な六車氏のまとめ2013/08/24これまで色々な情報を頂いて、「六車」という苗字が、自分で思っていた以上に誇らしい苗字だということに気づきました。生まコメント: (0) 事実脇町史-曽江山7人衆に六車の名前-2013/08/17大川町史に記載されていた曽江山家系六車氏の話を思い出し、曽江山を調べました。徳島県の脇町という場所で、現在の美馬市にコメント: (0) 仮説これまでに分かった謎のまとめ2013/07/28「むぐるま」と「ろくしゃ」 「ろくしゃ」氏も東讃にルーツがあるケースが多いようです。恐らく、瀬戸内海を渡る時になんらコメント: (0) 事実高松市史2013/07/27高松市史に六車杏隠という人名がありました。通称謙篤。藩医、詩書書きを能くする。天保4年正月亡くなる。著書羽床復讐。 コメント: (0) 事実コメントを直しました2013/06/28コメントが表示されていませんでした。失礼しました。。コメント: (0) 事実赤穂の塩職人2013/06/09赤穂の塩職人について、六車姓以外から何かわからないかと思い、ネットで検索してみました。すると、ヒントになりそうな苗字コメント: (2) 仮説六車氏の変遷の推測2013/05/27これまで調べた結果によると六車氏には武士と製塩業の2系統があるようです。間違いなさそうなのは、源氏六本骨車の家紋は武コメント: (0) 仮説宗湛以前の推測2013/05/26大川町史に経由地のことが書かれていました。1477年(文明9年)に讃岐勢も安富盛長に率いられ播磨の室津を11月に出船コメント: (0) 事実続 六車三郎の子孫かもさんへ2013/05/15今晩は! 興味深い情報を教えて頂き、ありがとうございます! お墓の位置も特定できました!ゼンリンの地図に墓マークがあコメント: (0) 事実六車三郎の子孫かもさんへ2013/05/15今晩は! ご連絡頂き、ありがとうございます! 書かれていた内容を見て、スグ住所をgooglemapで調べました。あのコメント: (0) 事実sizzさんへ2013/05/13sizzさん、今晩は! ご連絡、ありがとうございます! お褒め頂き、照れてしまいます。。。 私が苗字に興味を持ったのコメント: (0) 事実六車奈々さんのルーツ2013/05/09「六車」「ルーツ」で検索していると、六車(ろくしゃ)奈々さんが自分のルーツを探ったという記事を発見。なんと!香川県大コメント: (10) 仮説南下する毎に家紋が変わったのか?2013/05/08サンプル数は多くありませんが、色々な墓地の家紋を調査し、興味深かったことがあります。六車の本拠地と思われる富田中ではコメント: (0) 仮説謎の整理22013/05/08これまで調べたことと下記を整理しました。 六車郷からどこへ? →六車郷に「六車」姓が存在したかはまだはっきりしませんコメント: (2) 仮説謎の整理2013/05/08色々調べて、整理できてきたので、まとめます。 六車の家紋は「六本骨源氏車」で、これが正統なのか? →宗湛の直系が用いコメント: (0) 仮説「むぐるま」と「ろくしゃ」2013/05/08春日神社より追放された六車庄下司は、しばらくすると原田郷に舞い戻ってきたそうです。六車衆が流浪の旅に出た可能性は0にコメント: (0) 事実三本松へ2013/05/07念願の先祖の足跡を辿る旅を行いました。ちなみに、三本松があり、一本松という地名もあるので、当然二本松もあるかと思いきコメント: (0) 事実白鳥にある墓地~家紋調査~2013/05/06六車家の墓が大量にある一角があり、ひょっとして丹生の先祖の墓とはここかと心躍りましたが、お墓参りに来ている方に聞くとコメント: (4) 事実大内にある墓地~家紋調査~2013/05/05丹生に私の先祖の墓があるという話だったので、それを探す中で立ち寄った結果です。結局、自分の家系につながる墓は見つかりコメント: (0) 事実富田中にある墓地~家紋調査~2013/05/04K,Mさんにアドバイス頂き、かつてK,Mさんの先祖のお墓があったと思われる場所に行きました。小高い山が墓地になっていコメント: (0) 事実雨滝城2013/05/03六車宗湛が籠城した雨滝城跡を見に行きました。展望台の所で従業員の方に聞かなかったら、不安で辿りつけなかったですね。なコメント: (0) 事実西教寺2013/05/02富田中の六車氏の菩提寺とのこと。過去帳もあるということでした。六車宗湛寄贈の銅鉢について確認するのをすっかり忘れていコメント: (0) 事実福山のk,Mさん2013/05/02四国に行く前に「六車」についての情報を教えて頂いたK,Mさんにお会いしに福山へ向かいました。広島には行ったことがなかコメント: (20) 事実六車宗旦2013/05/01六車宗旦の碑 今回、地元の方にお話を伺う機会があり、色々聞いてみるとなかなか興味深い情報が得られました。宗旦の命日のコメント: (2) 事実富田神社2013/05/01久しぶりに富田八幡宮へ向かいました。心なしか新しくなったような気がしました。 2012/04/21 追記 富田神社のコメント: (4) 事実六車城2013/04/30現地に行って麓の方にお話を伺うと、勘違いしてることが発覚しました。それは、鳥居がある天神宮を城跡だと思っていたのですコメント: (0) 目的家紋2013/04/30今回、現地を訪れて気付いたことがあります。富田中のお墓の家紋は六本源氏車なのですが、大内や白鳥では六本源氏車を発見でコメント: (0) 質問K,Mさんへ2013/04/23K,Mさん、今晩は! 実は、ゴールデンウィーク中になんとか四国に行けないかと計画しています。その際、お時間あるようでコメント: (10) 事実大阪市平野区にあった六車接骨院2013/04/21大阪市平野区にあった六車接骨院。呼び方は「ろくしゃ」さんのようです。ネット調べた住所に行ってみるとオレンジ色の家を発コメント: (0) 事実大阪市住之江区にある六車鉄工所2013/04/20大阪市住之江区にある六車鉄工所。こちらも恐らく「むぐるま」さんでしょう。ナニワ企業団地の一角にありました。コメント: (0) 事実大阪市大正区にある大阪六車興業2013/04/19大阪市大正区にある大阪六車興業。恐らく「むぐるま」さんでしょう。ネットで調べていると、切梁ジャッキの特許がヒットしまコメント: (0) 事実大阪市西成区にある六車歯科医院2013/04/18大阪市西成区にある六車歯科医院。こちらは「むぐるま」さんのようです。このあたりは下町のような雰囲気で、住んでいる方々コメント: (0) 事実大阪市此花区にある六車商店2013/04/17大阪市此花区にある六車商店。この地域の昔ながらの商店という感じで、近隣の生活を支えているようです。中にもお邪魔しましコメント: (0) 事実西荻窪にあるムグルマ2013/03/09友人と西荻にあるムグルマへ出かけました。 六車姓を持つ方に都内で会うのは初めてだったので、 どんな方なのか緊張で心臓コメント: (6) 事実六車荘(庄)2013/03/08豊中市の方に問い合わせをした結果をお知らせします。以下のようなお返事を頂き、六車姓が六車郷と関係しているのか、疑問にコメント: (0) 事実六車御稲田2013/03/03御稲田(みいねた)とは、朝廷の毎日の食事の費用を賄う所領で、12世紀以降は大炊寮という官庁の長を代々世襲していた中原コメント: (0) 事実宗門改め2013/02/02大川町史に宗門改帳についての記載があり、六車又左衛門の家族構成を発見しました。恐らく富田神社4代六車又左衛門のようでコメント: (0) 事実向山文書2013/01/27向山文書に次のよう文言があるそうです。 恐らく豊臣方の生駒家臣として大阪の陣に参加したようです。 生駒甚助殿大阪冬御コメント: (0) 事実六車郷2013/01/22原田神社境内銅鐸出土遺蹟というのがあり、 そこから出土されたものを納めた文章に面白い記述がありました。 原田神社境内コメント: (0) 事実車持部2013/01/20車持朝臣(名欠) 太宰府政庁地区正殿後方東部出土の木簡にその名が見える。 車持君伊久沙 豊前国仲津丁里の戸主狭度勝某コメント: (2) 事実熊本の六車家2013/01/19津奈木町史に熊本の六車氏に関する情報が記載されていました。以下詳細です。 加藤氏の家臣であったことを明らかにしうる家コメント: (4) 事実埼玉県に「ろくしゃ」2013/01/19埼玉苗字辞典に「むぐるま」の記載もありました。「浦和、川口、春日部、越谷、草加、入間、川越等に存す。」と記述がありまコメント: (0) 事実六車村2013/01/17南牧村教育委員会の方に六車地区の歴史を知る資料を問い合わたところ、以下のような資料を送って頂きました。どうも、ありがコメント: (28) 事実月形村大字六車村2013/01/14六車村は月形村に属していたようで、南牧中にある他の村と同じとのこと。この南牧を通って、信濃から甲斐に通じる道は極めてコメント: (0) 事実住吉大社2013/01/11住吉大社に行きました。灯篭がデカイです。目を引きました。 参考:住吉大社コメント: (0) 事実上野国甘楽郡六車村2013/01/08南牧村六車の歴史を探ろうと見つけた資料です。 江戸期くらいまでしか遡れませんでした。以下、その詳細です。 天文明暦(コメント: (6) 事実K,Mさんの家系図2013/01/052013/01/05 修正 K,Mさんより詳細を教えて頂いたので、3代目以降の人名を追加しました。 2012/11/コメント: (8) 事実北海道旭川市にある六車商店2013/01/05読み方は「ろくしゃ」さんです。道北ではお酒といえば男山というくらい有名なブランドで、全面的に押しています。昔は仕事でコメント: (0) 事実大阪市住之江区にある六車歯科医院2012/12/22読み方は「ろくしゃ」さんのようです。 なかなか立派な建物で、オシャレな雰囲気がありました。 参考:六車歯科医院コメント: (0) 事実K,Mさんへ2012/12/16K,Mさん、こんにちは。 国会図書館の憲政資料室に行き、龍馬直筆の書の話を聞いたところ、 ネットで見ることができるそコメント: (1) 事実安富氏の守護代と又代2012/12/15ネットを探してみると紀盛家・安富盛衝・安富元衡は親子だそう。そして、安富盛長と安富盛保は兄弟。安富盛長と安富元綱は親コメント: (0) 仮説六車氏の変遷についての推測2012/12/09古代 やっぱり、車持氏と結びつきませんでした。。 古代~平安時代 この頃も「六車」姓の確たる証拠がありませんでした。コメント: (4) 事実全国の六車さん2012/10/28こちらのサイトで全国の六車さんの数が表示されています。758人とのこと。ソースは電話帳の件数とのこと。コメント: (49) 事実大阪市北区大淀南にある六車大淀南店2012/10/27仕事で大阪に行った際に発見。 せっかくなので写真撮影を行いました。コメント: (0) 事実続 森田さんへ2012/10/10森田さん ご連絡、ありがとうございます。 教えて頂いたように、 祖父も大正時代に北海道へ入植したようです。 孫の私かコメント: (0) 事実森田さんへ2012/10/06森田さん こんにちは。 六車です。 ご連絡ありがとうございました。 六車姓と生業との関係に興味がおありとのことで、 コメント: (1) 事実家老六車氏2012/09/21廣瀬さんからの情報によれば、六車宗旦は旧白鳥町出身の六車家。宗旦の代で、家紋を車紋に変更したようです。 こういった情コメント: (4) 事実続 津奈木さんへ2012/09/18津奈木さん こんにちは。 六車です。 ご連絡を頂いた件、了解しました。 もし、詳細が判るようでしたら、教えて頂けるとコメント: (13) 事実京都へ42012/08/26六角堂 紫雲山頂法寺と号する寺で、本堂が六角宝形造りであることから、一般に「六角堂」の名で人々に親しまれている。開基コメント: (0) 事実京都へ32012/08/25清和院 第56代清和天皇(在位858~876年)ゆかりの寺で、真言宗智山派に属する。平安初期にその後の摂関政治の礎をコメント: (0) 事実京都へ22012/08/19京都を歩いているとすぐに歴史とぶつかります。そんな足跡です。 大聖寺庭園 門跡尼寺である大聖寺の庭園は、当寺所蔵の日コメント: (0) 事実六車の由来2012/08/17検索していると発見しました。本当かどうかはわかりませんが推測している方向性と同じだったのでうれしいです。車持部があっコメント: (3) 事実京都へ2012/08/17「応仁の乱ゆかりの地を訪ねて」に沿って、応仁の乱と関係のある場所を歩きました。 より大きな地図で 応仁の乱巡り を表コメント: (0) 事実相国寺2012/08/16安富元綱・盛継兄弟と細川六郎の配下500人は一歩も退かずこの先の東門で亡くなったようです。 参考:相国寺 参考:応仁コメント: (0) 事実豊中へ2012/08/16豊中市を散策した模様です。 猪名川 服部住吉神社 当神社の創建年代は明らかではないが、住吉大社(大阪市住吉区)の別宮コメント: (0) 事実教興寺の戦い2012/08/16獅子吼山大慈三昧院教興寺は秦河勝の創建と伝えられ俗に藪寺といわれている。真言律宗西太寺の末寺で境内南方の寺池は臨池式コメント: (0) 事実原田城2012/08/15原田兄弟が国人として働きその拠点となった場所でしょうか。六車も原田兄弟に駆逐されたのかもしれません。なお、石垣の上にコメント: (0) 事実原田神社2012/08/15六車郷時代からあると思われる原田神社。土地も広く、建物も多数あります。建物自体は800年前のものではありません。そのコメント: (0) 事実六車郷用水2012/08/14千里川です。治水技術の発達した現代の日本ではよくある川の形。六車郷用水と判るものは古文書しかないようです。この川以外コメント: (0) 事実頼政神社(古河)2012/08/04古河にある頼政神社へ向かいました。かつて、源頼政の郎党であった下河辺氏の本拠地があった場所です。古河公方など室町時代コメント: (0) 事実葛西城2012/07/29安富氏と関係すると思われる浦上氏がかつて所有していた葛西御厨。その中心地だったのではと思われる葛西城を訪れました。しコメント: (0) 事実六車カタクリこみち2012/07/16実際にカタクリが咲いていませんでしたが、群生地を写真に収めました。 2012/03/19 記述 群馬県の「むくるま」コメント: (0) 事実頼政神社(高崎)2012/07/16ネットで調べると頼政神社が結構あります。そこで、群馬に行ったついでに、寄ってみることにしました。場所は高崎市の中心にコメント: (0) 事実車持神社2012/07/15車持氏はこの一帯の支配者で、車の里といわれていたようです。群馬もくるまから由来しているとのこと。近くには車川なんていコメント: (8) 事実群馬県の六車2012/07/14群馬県南牧町六車に行ってきました。かなり山深いところにあり、川筋に家が軒を並べています。恐らくこの場所が開けた時からコメント: (0) 仮説安富氏2012/07/07安富氏について調べていると歴史がある家系なので、詳細が不明な部分も多いようです。源氏姓や紀姓、藤原姓があるなど当初はコメント: (0) 事実宮代へ22012/06/24姫宮神社 姫宮神社は旧百間領の総鎮守で、祭神は多紀理毘売命・多岐津比売命・市杵島比売命の3柱を祀る。社伝では、桓武天コメント: (0) 事実宮代へ2012/06/23梅雨の隙間に、夢のお告げを信じて、宮代町に行きました。夢の中では、「六車」の関東での領地は、「利根川沿い」「身代わりコメント: (0) 仮説関東のどこか?2012/06/19六車の先祖は関東の豪族ということで、どこだったかを推理してみました。 ■下総国埴生郡付近 安富氏の先祖である紀氏が地コメント: (0) 事実「むぐるま」「ろくしゃ」分布図2012/06/17解りやすいように、「むぐるま」と「ろくしゃ」だけの分布図も作成しました。「ろくしゃ」が中央に分布していることがわかりコメント: (0) 事実大泉学園にある六車商店2012/05/27ネットで検索していると大泉学園に「六車商店」がヒットします。そこで、行ってみると残念ながらお休み。しかし、丸に六といコメント: (0) 事実鎌田家資料に「六車」の名前2012/05/19香川県立ミュージアムに「六車長門守朝政」という記述を発見しました。津田長町家記録や長尾町造田安富家系によると安富氏のコメント: (0) 事実地域により違う家紋2012/05/17都道府県別姓氏家紋辞典によると、以下のようになっていました。六車は「むしゃ」となっていたので、なんだかなぁという印象コメント: (0) 事実長町氏2012/05/12安富氏の4臣の一人である長町氏。1583年(天正11年)5月に長宗我部氏に攻められ、石田城が落城。その際、肥後の小西コメント: (0) 事実芦北郡津奈木町2012/05/12六車茂一郎翁が書いた津奈木町の郷土史を読みました。それには加藤家によって津奈木に六車氏が配置されたことが分かりましたコメント: (0) 事実「六車」比較年表2012/05/12 摂津国 讃岐国 肥後国 鎌倉時代 1097年 中右記に「摂津国六車庄住人事」という記述 コメント: (0) 事実寒川神社2012/05/04富田神社の源流ということで、訪ねました。歴史が古いのにとにかく綺麗で、鎌倉時代のものもなさそうです。また、近くに香川コメント: (15) 事実下総国埴生郡2012/05/03安富氏の先祖である紀重満が下総国埴生郡地頭ということで、何か手がかりがあるのではないかと思い、訪れました。よくよく見コメント: (0) 事実「むぐるま」「やすとみ」「ろくしゃ」分布図2012/05/02リサーチ(12年版)を全国に広げて行いました。まとめると以下のような形になります。「むぐるま」は珍しい姓だと思っていコメント: (0) 事実電話帳からのリサーチ2012/04/28電話帳から先祖の変遷がわかるかもと考え、関連がありそうな土地の「むぐるま」「やすとみ」「ろくしゃ」をリサーチ。若い人コメント: (1) 事実●●町史2012/04/18かなりニッチな情報を拾うには、●●町史がいいと気づき、東かがわ市近辺の旧町の史料を当たりました。 「大川町史」「白鳥コメント: (0) 事実東さぬき市歴史民俗資料館2012/04/15東さぬき市の歴史民俗資料館の方にメールして、「むぐるま」に詳しい方を紹介願えないか依頼しました。すると携帯までわざわコメント: (0) 事実六車房吉2012/04/10祖父の父です。明治44年に他界したようです。元力士との話を聞いています。白鳥町に住んでいたらしいです。ひょっとしてこコメント: (1) 事実生まれた土地から始める自分の証明2012/04/07自分の先祖を探るためにも、まずは自分の出発点に立ち返ることが一番。そう思い立ち、自分の本籍がある場所の役場に、郵送にコメント: (9) 仮説「むぐるま」と「ろくしゃ」22012/03/27六車の先祖は関東の豪族と「大川町史」に書いてありました。そして、別系では藤原秀郷の子孫としての安富氏より分家して「六コメント: (0) 事実六車家文書2012/03/24熊本の六車氏のことをネット調べていたら、 「六車家文書」という本が発行されているのを知りました。 国会図書館にもあるコメント: (0) 事実六車の先祖2012/03/24大川町史にちゃんと書いてありました。 やはり郷土史は見るべきですね。以下抜粋です。 六車宗旦 安富氏の長臣で左衛門太コメント: (2) 事実六車家の家紋いろいろ2012/03/17昨年、白鳥町で六車さんのお墓を巡った時に、家紋を撮影させて頂きました。 ※無断でごめんなさい。 六車の由縁である六本コメント: (0) 事実雨滝山合戦記2012/03/132012/03/24 追記 帰農後の富田中村畠方検知帳の記載。 ・弐拾弐石三斗壱升 宗旦分 ・五石四斗弐升八合 又兵コメント: (0) 事実南千住にある六車食堂2012/02/29東京都荒川区南千住に六車食堂があるとのことで、土曜日の昼に伺いました。 すると、残念ながら休日。しかし、お店の看板にコメント: (0) 事実熊本の六車家 22012/02/12熊本の六車さんより頂いた情報によると、家紋は六本骨源氏車ではなく、「伍」が入った文字紋だそうです。ネット辞典によるとコメント: (0) 目的サイトマップ2012/02/10Roots ~六車はどこから来たのか~ 苗字の起源を探りたい 家紋 サイトマップ 事実 茨城の六車さんが本を出しましコメント: (0) 目的苗字の起源を探りたい2012/01/25苗字が気になりだして 日本47都道府県の中で最北にある北海道。その中でもかなり北に位置する「名寄市」という町で私は生コメント: (2) 事実白鳥墓地2012/01/25家紋がある場所として墓地があったなと思い、白鳥墓地にある「六車」家を片っ端から探しました。すると、意外や意外。ひとつコメント: (2) 事実香川県東讃2012/01/23ネットが普及する前は、苗字の由来という本をよく読みました。しかし、あまり「六車」姓はでてきません。よっぽどローカルなコメント: (14)