「六車」はどこから来たのか。自分の苗字を探す記録。

事実

安富さんへ

2014/01/12

大変興味深い情報、ありがとうございます!細川氏、黒田氏は安富氏とのつながりだったのですね。確かに、細川氏の家臣一覧に安富氏が記載されていました。また、安富形部太輔親豊という戦国時代の方が播磨にいたのも発見です。

ウル覚えで恐縮ですが、安富・安冨一族という本に細川吉兆家に仕えた紀姓安富氏やその本家と目される肥前の安富氏のこと、そして、益田の安富氏についての情報が書かれていた記憶があります。

また、益田の安富氏はてっきり大内氏の家臣の安富氏だと思っていたのですが、調べてみると違うんですね。安富氏にも大きく分けて2つの系統があるとは!

益田氏の安富氏の系統ならどういう経緯で播磨に来たのかも気になりますし、細川吉兆家に仕えた紀姓安富氏の系統なら細川氏の代官として赴任したのかなと考えられます。

安富さんと書いて、別な読み方をするとは思ってもいなかったので、ひょっとしたら、帰農する際に読み方を変えたのかなとか想像が膨らみます。

私も安富氏の動向については、かなり興味がありますので、調べた結果をこちらのブログで共有できればと思います。

また、是非情報交換させてください!
どうぞ、よろしくお願いいたします。

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