「六車」はどこから来たのか。自分の苗字を探す記録。

事実

京都へ4

2012/08/26

六角堂

紫雲山頂法寺と号する寺で、本堂が六角宝形造りであることから、一般に「六角堂」の名で人々に親しまれている。開基は聖徳太子で、四天王寺建立の用材を求めて太子がこの地を訪れた時、霊告によってこの地に御堂を建て、守護神の観音像を配置したのが始まりと伝えらている。早くから人々の崇敬を受け、822年(引仁13年)には嵯峨天皇の勅願所となり、また996年(長徳2年)には花山法皇の御幸があり、西国三十三所観音霊場(現十八番札所)となったと伝えられる。1201年(建仁元年)、親鸞聖人が当寺に100箇日間参籠して霊告を受け、後に真宗を開宗する根源となった。

本堂には、聖徳太子の持仏と伝える本尊如意輪観音像、親鸞像、毘沙門天立像(重文)などを安置する、本堂前の六角形の礎石は臍石といい、古来、京都の中心に当たるとされてきた。また、本堂北の本坊は池坊と呼ばれ、室町時代以降、多くのいけ花の名手を輩出した所で、華道発祥の地として有名である。現在も池坊華道の拠点となっている。

六角堂
六角堂
六角堂
六角堂
六角堂
六角堂
六角堂

聖徳太子沐浴の古跡

587年(用明天皇の2年)、聖徳太子は四天王寺を建てるための用材をたずねて、ここ山城国愛宕郡の杣に入った。夕方御持仏を多良の木に掛け泉で沐浴をされた。浴後枝にかけた持仏が木から離れず、光をはなって「我は汝の本尊となって七世を経たが、ここは衆生に利益を与えるにふさわしい地であるから御堂を建ててほしい」というお告げがあり、この地に六角堂が建立されたと伝える古跡である。

六角堂

六角堂 十六羅漢

羅漢様とは、仏の教えを護り伝えることの出来る優れたお坊様に与えられる名前です。十六というのは、方位の四方八方を倍にした十六を表し、あらゆる場所に羅漢様が居られることを意味しています。

この羅漢様は「和顔愛語」を実践されいつも「にこにこ」されています。「和顔愛語」の教えとは、いつも優しい顔つきで、穏やかに話をするよう心がけてさえいれば、必ず良い報いがあると説かれたものです。みなさんも、この羅漢様のように一日でも多くの「一日にこにこ」を心がけましょう。

邪鬼

この羅漢様の周りには邪鬼がいます。仏教をなかなか理解せず、ひねくれて仏教信者とならない。そんな衆生を邪鬼といいます。中には改心した邪鬼もいて、ここ六角堂には、羅漢様の周りで仏法を学びながらお守りしている者や、本堂前にある大香炉を自分から大喜びで背中に乗せるけなげな邪鬼もいます。ここの邪鬼は皆、自らすすんで縁の下を支えています。

六角堂

京都の路地

おやつというのが面白い。

地蔵盆

東本願寺

デカイ。広い。

東本願寺

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