「六車」はどこから来たのか。自分の苗字を探す記録。

事実

鎌田家資料に「六車」の名前

2012/05/19

香川県立ミュージアムに「六車長門守朝政」という記述を発見しました。津田長町家記録や長尾町造田安富家系によると安富氏の4臣として、六車宗旦、富田左近太夫、滝井豊後、長町太左衛門が挙がっているそうです。長町太左衛門の兄が六車宗旦の養子に入り、「六車長門守朝政」と名乗っています。

帰農後の富田中村畠方検知帳の記載。
・弐拾弐石三斗壱升 宗旦分
・五石四斗弐升八合 又兵衛→六車長門守朝政
・弐石壱斗六升壱合 せい吉→息子
・四石弐斗三升六合 又左衛門→息子
・五石八斗七升三合 又市→息子
・六石六斗弐升三合 権右衛門御手作分→旧主安富権左衛門

出典:鎌田家資料(3)

2012/04/15 追記

寒川町史を見ていると長町氏のページがあり、そこに六車長門守朝政の情報が少しありました。それによると「養子婿豊後 利光川役討死」と記載されています。ということは、上記の又兵衛は六車長門守朝政ではないですね。また、利光川の戦いとは1586年の戸次川の戦いのようです。安富盛定とともに亡くなったということだと思います。

2012/05/19 追記

系図

    • 長町信俊
    • 式部亮長町信行
    • 出雲守長町信貞
    • 葵殿長町信時
    • 菖蒲之介長町行兼
    • 長門守六車朝政
    • 久八郎長町貞好
    • 虚空蔵院増昌

参考:大内町史

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