Roots ~六車はどこから来たのか~

「六車」はどこから来たのか。自分の苗字を探す記録。

事実

茨城の六車さんが本を出しました!

2016/05/14

茨城の六車さんよりご連絡を頂きました。六車さんは熊本六車の一族の方で、なんと40年の長きに渡り、「六車」について研究をなされ、その成果を本にまとめたとのこと。その本の名前は「六車と

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事実

井上さんへ

2015/11/05

ご連絡、ありがとうございます。 こちらこそ、このサイトを見つけて頂き、嬉しい限りです。 富田神社については、 国会図書館や東京都立図書館にあった 大川町史や地名辞典から情報を掲載し

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仮説

荒井さんへ

2014/12/29

荒井さん ご連絡頂き、ありがとうございます。 忰山(かせやま)源三郎宗時について、 手持ちの資料で調べてみたのですが、 記載はありませんでした。 そして、現在関東を離れてしまってい

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事実

宮崎県児湯郡の六車氏

2014/03/20

大内町史に宮崎県児湯郡の六車氏についての記述もありました。 高鍋町に入植した六車氏と川南町に入植した六車氏です。 高鍋町へは、明治期に丹生村小磯の森弥太郎と丹生村小磯北山の六車宗太

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事実

見えてきた先祖

2014/03/18

祖父の戸籍謄本の住所から先祖を推測していますが、当時の住所がどの辺なのかがわかりませんでした。ただ、国会図書館で明治の古地図を見ると大内町は丹生村と誉水村に分かれています。その頃の

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事実

続安富さんへ

2014/01/25

安富さん その後、加西市史を調べてみると安富講についての記述がありましたので、共有させて頂きます。「故あって」とは何があってどこから来たのかが無性に気になりますね。 調べてみると安

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事実

安富さんへ

2014/01/12

大変興味深い情報、ありがとうございます! 細川氏、黒田氏は安富氏とのつながりだったのですね。 確かに、細川氏の家臣一覧に安富氏が記載されていました。 また、安富形部太輔親豊という戦

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質問

家紋を教えてください

全国の六車さんにお聞きします

2013/10/26

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事実

長嶋監督でお馴染みの六車さん

2013/10/02

本日、会社に出社すると同僚の子が話しかけてきました。 朝方に長嶋監督でお馴染みの警備会社の方が異常検知で訪れたそうで、 その名前には「六車」と書かれていたそうです。 同僚からすると

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事実

友人が聞いた六車さんの電話の取り方

2013/09/25

カメラマンの友人S氏が、東京駅近くを歩いていた時のこと。 何気なく耳に入ったのが20代のサラリーマンの電話の受け方です。 「一車、二車、とんで六車です」と聞こえたと教えてくれました

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事実

水主楠谷の六車氏

2013/09/22

水主楠谷に建つ家に城の石垣があったとのことで、 大内町史にヒントがないか調べてみると 恐らくあのあたりまでは虎丸城の縄張りのうちだったのではないでしょうか。 というのも地名に「下屋

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仮説

馬篠の六車氏の推測

2013/09/22

皆様から頂いた情報と大内町史、白鳥町史から 馬篠の六車氏についてだいぶ分かってきました。 生駒親正の讃岐入部の時に、塩業のプロとして連れてきた 「棚次、橋本、福原、尾崎、大路、田中

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事実

有力な六車氏のまとめ

2013/08/24

これまで色々な情報を頂いて、「六車」という苗字が、 自分で思っていた以上に誇らしい苗字だということに気づきました。 生まれ育った場所が「六車」と縁遠い場所だと実感しないだけなんでし

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事実

脇町史-曽江山7人衆に六車の名前-

2013/08/17

大川町史に記載されていた曽江山家系六車氏の話を思い出し、曽江山を調べました。徳島県の脇町という場所で、現在の美馬市になります。最初は上下巻の本巻の方を探していたのですが、六車氏につ

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仮説

これまでに分かった謎のまとめ

2013/07/28

■「むぐるま」と「ろくしゃ」 「ろくしゃ」氏も東讃にルーツがあるケースが多いようです。 恐らく、瀬戸内海を渡る時になんらかの理由により読み方を変えたのだと思います。 ■熊本の六車氏

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事実

高松市史

2013/07/27

高松市史に六車杏隠という人名がありました。 通称謙篤。藩医、詩書書きを能くする。天保4年正月亡くなる。著書羽床復讐。 出典:高松市史

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事実

コメントを直しました

2013/06/28

コメントが表示されていませんでした。失礼しました。。

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事実

赤穂の塩職人

2013/06/09

赤穂の塩職人について、六車姓以外から何かわからないかと思い、ネットで検索してみました。 すると、ヒントになりそうな苗字がいくつかあるのです。 大路姓は加古川に多く、金地姓も播磨にル

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仮説

変遷?

六車氏の変遷の推測

2013/05/27

これまで調べた結果によると六車氏には武士と製塩業の2系統があるようです。 間違いなさそうなのは、源氏六本骨車の家紋は武士の六車氏。 製塩業の六車氏は生駒治世に白鳥へ赤穂から移住し、

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仮説

宗湛以前の推測

2013/05/26

大川町史に経由地のことが書かれていました。 1477年(文明9年)に讃岐勢も安富盛長に率いられ播磨の室津を11月に出船、帰国したそうです。 より大きな地図で 播州 を表示 出典:大

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事実

続 六車三郎の子孫かもさんへ

2013/05/15

今晩は! 興味深い情報を教えて頂き、ありがとうございます! お墓の位置も特定できました! ゼンリンの地図に墓マークがあり、 googlemapも墓のような形状です。 手前の溜池が枯

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事実

六車三郎の子孫かもさんへ

2013/05/15

今晩は! ご連絡頂き、ありがとうございます! 書かれていた内容を見て、スグ住所をgooglemapで調べました。 あの辺りなんですね!実は、先日四国に行った時にまさにあの辺りも調査

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事実

sizzさんへ

2013/05/13

sizzさん、今晩は! ご連絡、ありがとうございます! お褒め頂き、照れてしまいます。。。 私が苗字に興味を持ったのは「六車」の希少性でしたが、 東讃にお住まいだとあまり珍しくもな

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事実

六車奈々さんのルーツ

2013/05/09

「六車」「ルーツ」で検索していると、 六車(ろくしゃ)奈々さんが自分のルーツを探ったという記事を発見。 なんと!香川県大川と書いてあったので、恐らく富田中のことではないでしょうか。

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仮説

南下する毎に家紋が変わったのか?

2013/05/08

サンプル数は多くありませんが、色々な墓地の家紋を調査し、興味深かったことがあります。六車の本拠地と思われる富田中では「六本源氏骨車」がほとんどでしたが、大内や白鳥では「六本源氏骨車

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仮説

地図

謎の整理2

2013/05/08

これまで調べたことと下記を整理しました。 ■六車郷からどこへ? →六車郷に「六車」姓が存在したかはまだはっきりしません。 →現段階では讃岐で「六車」姓がスタートしたと考えるとスッキ

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仮説

謎の整理

2013/05/08

色々調べて、整理できてきたので、まとめます。 ■六車の家紋は「六本骨源氏車」で、これが正統なのか? →宗湛の直系が用いているのではと考えています。 →宗湛以前に六車氏が存在している

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仮説

分岐?

「むぐるま」と「ろくしゃ」

2013/05/08

春日神社より追放された六車庄下司は、しばらくすると原田郷に舞い戻ってきたそうです。六車衆が流浪の旅に出た可能性は0になりました。ただ、三本松に行った時にレンタカーを貸してくれた方は

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事実

三本松港

三本松へ

2013/05/07

念願の先祖の足跡を辿る旅を行いました。ちなみに、三本松があり、一本松という地名もあるので、当然二本松もあるかと思いきや無いそうです。 ■快速マリンライナー 初めての瀬戸内海、鉄道で

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事実

白鳥

白鳥にある墓地~家紋調査~

2013/05/06

六車家の墓が大量にある一角があり、ひょっとして丹生の先祖の墓とはここかと心躍りましたが、お墓参りに来ている方に聞くとここは白鳥と言うではありませんか。大内でお墓を探しているといつの

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事実

大内

大内にある墓地~家紋調査~

2013/05/05

丹生に私の先祖の墓があるという話だったので、それを探す中で立ち寄った結果です。結局、自分の家系につながる墓は見つかりませんでした。しかも、六車家自体をうまく発見できず、2基しか見つ

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事実

富田中

富田中にある墓地~家紋調査~

2013/05/04

K,Mさんにアドバイス頂き、かつてK,Mさんの先祖のお墓があったと思われる場所に行きました。小高い山が墓地になっているようで、燦々と太陽が降り注ぐ気持ちの良い所。時折、竹林の中にお

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事実

雨滝城跡

雨滝城

2013/05/03

六車宗湛が籠城した雨滝城跡を見に行きました。展望台の所で従業員の方に聞かなかったら、不安で辿りつけなかったですね。なんせ、車が2台すれ違うことも難しい道を登っていかなければいけませ

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事実

西教寺

西教寺

2013/05/02

富田中の六車氏の菩提寺とのこと。過去帳もあるということでした。六車宗湛寄贈の銅鉢について確認するのをすっかり忘れていました。。その他、奥の院というものがあり、そこに行くためには鍵を

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事実

福山城

福山のk,Mさん

2013/05/02

四国に行く前に「六車」についての情報を教えて頂いたK,Mさんにお会いしに福山へ向かいました。広島には行ったことがなかったので、いい機会に恵まれたと思います。改札で待ち合わせをしてい

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事実

墓

六車宗旦

2013/05/01

六車宗旦の碑 今回、地元の方にお話を伺う機会があり、色々聞いてみるとなかなか興味深い情報が得られました。宗旦の命日の法要を10月の第3周に行なっているそうです。行う方々は、六車の親

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事実

富田神社

富田神社

2013/05/01

久しぶりに富田八幡宮へ向かいました。心なしか新しくなったような気がしました。 ■2012/04/21 記述 富田神社の歴代祠官。5代六車丹後以後は吉田家認可とのことです。 初代六車

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事実

六車城

六車城

2013/04/30

現地に行って麓の方にお話を伺うと、勘違いしてることが発覚しました。それは、鳥居がある天神宮を城跡だと思っていたのですが、そうではないとのこと。神社の反対側にある竹やぶが城跡と教えて

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質問

K,Mさんへ

2013/04/23

K,Mさん、今晩は! 実は、ゴールデンウィーク中になんとか四国に行けないかと計画しています。 その際、お時間あるようでしたら、福山にお伺いしてもよろしいでしょうか? ネットで検索す

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事実

大阪市平野区にあった六車接骨院

2013/04/21

大阪市平野区にあった六車接骨院。呼び方は「ろくしゃ」さんのようです。ネット調べた住所に行ってみるとオレンジ色の家を発見、しかし郵便受けの名前が別な苗字だったので引越された模様。残念

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事実

六車鉄工所

大阪市住之江区にある六車鉄工所

2013/04/20

大阪市住之江区にある六車鉄工所。こちらも恐らく「むぐるま」さんでしょう。ナニワ企業団地の一角にありました。

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事実

大阪六車興業

大阪市大正区にある大阪六車興業

2013/04/19

大阪市大正区にある大阪六車興業。恐らく「むぐるま」さんでしょう。ネットで調べていると、切梁ジャッキの特許がヒットしました。金属製品の商社という記述もあり、鉄鋼版が多数見えることから

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事実

六車歯科医院

大阪市西成区にある六車歯科医院

2013/04/18

大阪市西成区にある六車歯科医院。こちらは「むぐるま」さんのようです。このあたりは下町のような雰囲気で、住んでいる方々の生活に根ざしているのでしょう。

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事実

六車商店

大阪市此花区にある六車商店

2013/04/17

大阪市此花区にある六車商店。この地域の昔ながらの商店という感じで、近隣の生活を支えているようです。中にもお邪魔しましたが、商店とクリーニング、そしてたこ焼きというサービスを提供して

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事実

barムグルマ

西荻窪にあるムグルマ

2013/03/09

友人と西荻にあるムグルマへ出かけました。 六車姓を持つ方に都内で会うのは初めてだったので、 どんな方なのか緊張で心臓がドキドキ。 早速、戸を開けるとマスターがいます。 なかなか派手

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事実

今西亭

六車荘(庄)

2013/03/08

豊中市の方に問い合わせをした結果をお知らせします。 以下のようなお返事を頂き、六車姓が六車郷と関係しているのか、疑問に思えてきました。 すなわち、車持氏との関係も実はないのではない

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事実

伊丹空港

六車御稲田

2013/03/03

御稲田(みいねた)とは、朝廷の毎日の食事の費用を賄う所領で、12世紀以降は大炊寮という官庁の長を代々世襲していた中原家の所領となっていた。毎日の食事という朝廷にとって必要不可欠の費

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事実

宗門改め

2013/02/02

大川町史に宗門改帳についての記載があり、 六車又左衛門の家族構成を発見しました。 恐らく富田神社4代六車又左衛門のようです。 富田八幡宮社人六車家所蔵の、慶安3年(1650年)の宗

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事実

向山文書

2013/01/27

向山文書に次のよう文言があるそうです。 恐らく豊臣方の生駒家臣として大阪の陣に参加したようです。 生駒甚助殿大阪冬御陣の自分 堺○○ケ申者の覚 小西八兵衛 山田郡十三 六車彦兵衛

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事実

原田町

六車郷

2013/01/22

原田神社境内銅鐸出土遺蹟というのがあり、 そこから出土されたものを納めた文章に面白い記述がありました。 原田神社境内内発見の銅鐸は昭和23年になってその存在が注目されたもので、これ

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事実

車持部

2013/01/20

車持朝臣(名欠) 太宰府政庁地区正殿後方東部出土の木簡にその名が見える。 車持君伊久沙 豊前国仲津丁里の戸主狭度勝某の戸口。寄口車持君泥麻呂の男(嫡子)。 車持朝臣氏道 太宰府政庁

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事実

熊本の六車家

2013/01/19

津奈木町史に熊本の六車氏に関する情報が記載されていました。以下詳細です。 加藤氏の家臣であったことを明らかにしうる家筋が、現在津奈木に二家ある。六車家と鳥居家である。六車氏は中世頃

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事実

埼玉県に「ろくしゃ」

2013/01/19

埼玉苗字辞典に「むぐるま」の記載もありました。「浦和、川口、春日部、越谷、草加、入間、川越等に存す。」と記述があります。ということは、「むぐるま」「ろくしゃ」両家が埼玉県に存在して

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事実

六車村

2013/01/17

南牧村教育委員会の方に六車地区の歴史を知る資料を問い合わたところ、以下のような資料を送って頂きました。どうも、ありがとうございます!頂いた資料からは、残念ながら「六車姓」と「六車村

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事実

六車神社

月形村大字六車村

2013/01/14

六車村は月形村に属していたようで、南牧中にある他の村と同じとのこと。この南牧を通って、信濃から甲斐に通じる道は極めて古くから開けているのは信州南佐久郡誌に書いてあるそうです。この資

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事実

住吉大社

住吉大社

2013/01/11

住吉大社に行きました。灯篭がデカイです。目を引きました。 ■住吉大社

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事実

上野国甘楽郡

上野国甘楽郡六車村

2013/01/08

南牧村六車の歴史を探ろうと見つけた資料です。 江戸期くらいまでしか遡れませんでした。以下、その詳細です。 天文明暦(1532~1657年)の間、南牧上郷に属して砥沢村に隷す 壃域

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事実

K,Mさんの家系図

2013/01/05

■2013/01/05 修正 K,Mさんより詳細を教えて頂いたので、3代目以降の人名を追加しました。 ■2012/11/24 k,Mさんより教えて頂いた家系図です。こういう風に六車

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事実

酒屋六車

北海道旭川市にある六車商店

2013/01/05

読み方は「ろくしゃ」さんです。道北ではお酒といえば男山というくらい有名なブランドで、全面的に押しています。昔は仕事でこのあたりによく来ていましたが、すっかり綺麗になっていました。

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事実

六車歯科医院

大阪市住之江区にある六車歯科医院

2012/12/22

読み方は「ろくしゃ」さんのようです。 なかなか立派な建物で、オシャレな雰囲気がありました。 ■六車歯科医院

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事実

K,Mさんへ

2012/12/16

K,Mさん、こんにちは。 国会図書館の憲政資料室に行き、龍馬直筆の書の話を聞いたところ、 ネットで見ることができるそうです。 便利に思ったので、そう相槌を打つと、ぜひ、広めてくださ

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事実

安富氏の守護代と又代

2012/12/15

記録が判る範囲で年代ごとに置いてみました。結構、間が空いているところや、2人が併存しているところなど、辻褄があわないものも。その部分は想像で置いています。又代については、寒川氏が担

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仮説

考察

六車氏の変遷についての推測

2012/12/09

■古代 やっぱり、車持氏と結びつきませんでした。。 ■古代~平安時代 この頃も「六車」姓の確たる証拠がありませんでした。。 ■鎌倉時代~室町時代 応仁の乱後に安富氏の勢力が畿内から

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事実

全国の六車さん

2012/10/28

こちらのサイトで全国の六車さんの数が表示されています。 758人とのこと。ソースは電話帳の件数とのこと。

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事実

大阪

大阪市北区大淀南にある六車大淀南店

2012/10/27

仕事で大阪に行った際に発見。 せっかくなので写真撮影を行いました。

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事実

続 森田さんへ

2012/10/10

森田さん ご連絡、ありがとうございます。 教えて頂いたように、 祖父も大正時代に北海道へ入植したようです。 孫の私からしてもあのような寒い土地に何のあてもなく入っていった 祖父の気

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事実

森田さんへ

2012/10/06

森田さん こんにちは。 六車です。 ご連絡ありがとうございました。 六車姓と生業との関係に興味がおありとのことで、 私も大変興味があります。 下記記事を読んで、赤穂から来て塩職人を

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事実

家老六車氏

2012/09/21

廣瀬さんからの情報によれば、 六車宗旦は旧白鳥町出身の六車家。 宗旦の代で、家紋を車紋に変更したようです。 こういった情報はなかなか知り得ないので大変貴重です。 廣瀬さん、ありがと

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事実

続 津奈木さんへ

2012/09/18

津奈木さん こんにちは。 六車です。 ご連絡を頂いた件、了解しました。 もし、詳細が判るようでしたら、教えて頂けると幸いです。 城のくだりには、大変興味があります。 北海道と違って

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事実

京都

京都へ4

2012/08/26

■六角堂 紫雲山頂法寺と号する寺で、本堂が六角宝形造りであることから、一般に「六角堂」の名で人々に親しまれている。 開基は聖徳太子で、四天王寺建立の用材を求めて太子がこの地を訪れた

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事実

京都

京都へ3

2012/08/25

■清和院 第56代清和天皇(在位858~876年)ゆかりの寺で、真言宗智山派に属する。 平安初期にその後の摂関政治の礎を築いた藤原良房の邸宅「染殿第」の南に仁寿年間既に創建されてい

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事実

京都

京都へ2

2012/08/19

京都を歩いているとすぐに歴史とぶつかります。そんな足跡です。 ■大聖寺庭園 門跡尼寺である大聖寺の庭園は、当寺所蔵の日記によれば、1697年(元禄10年)明正天皇の河原の御殿から材

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事実

六車の由来

2012/08/17

検索していると発見しました。本当かどうかはわかりませんが推測している方向性と同じだったのでうれしいです。車持部があったところには結構ヒントがありそうです。上総国埴生郡にも車持郷があ

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事実

京都

京都へ

2012/08/17

「応仁の乱ゆかりの地を訪ねて」に沿って、応仁の乱と関係のある場所を歩きました。 より大きな地図で 応仁の乱巡り を表示 ■足利将軍室町第跡 ■御霊神社(上御霊神社) 祭神として崇道

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事実

相国寺

相国寺

2012/08/16

安富元綱・盛継兄弟と細川六郎の配下500人は一歩も退かずこの先の東門で亡くなったようです。 ■参考 相国寺 応仁記-相国寺炎上-

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事実

モノレール

豊中へ

2012/08/16

豊中市を散策した模様です。 ■猪名川 ■服部住吉神社 当神社の創建年代は明らかではないが、住吉大社(大阪市住吉区)の別宮として造立され、奈良時代の末から平安時代の初めにかけて、猪名

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事実

教興寺

教興寺の戦い

2012/08/16

獅子吼山大慈三昧院教興寺は秦河勝の創建と伝えられ俗に藪寺といわれている。真言律宗西太寺の末寺で境内南方の寺池は臨池式大伽藍の遺構といわれ鎌倉時代西太寺叡尊によって復興され文永弘安の

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事実

原田城

原田城

2012/08/15

原田兄弟が国人として働きその拠点となった場所でしょうか。六車も原田兄弟に駆逐されたのかもしれません。なお、石垣の上には建物が建っており、地元の方は入ることが可能なようです。 ■原田

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事実

原田神社

原田神社

2012/08/15

六車郷時代からあると思われる原田神社。土地も広く、建物も多数あります。建物自体は800年前のものではありません。その頃は原田神社ではなく、別の名前で呼ばれていたのではと考えるとワク

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事実

千里川

六車郷用水

2012/08/14

千里川です。治水技術の発達した現代の日本ではよくある川の形。六車郷用水というものが判るものは古文書しかないようです。この川以外にも近くには色々な川があり、また用水路に流れる水量も豊

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事実

頼政神社

頼政神社(古河)

2012/08/04

古河にある頼政神社へ向かいました。かつて、源頼政の郎党であった下河辺氏の本拠地があった場所です。古河公方など室町時代の影響が大きすぎて、鎌倉時代の情報はあまりないかもしれません。し

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事実

葛西城

葛西城

2012/07/29

安富氏と関係すると思われる浦上氏がかつて所有していた葛西御厨。 その中心地だったのではと思われる葛西城を訪れました。 しかし、城そのものは無く、遺構以外は何も見つかってないそうです

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事実

六車カタクリ

六車カタクリこみち

2012/07/16

実際にカタクリが咲いていませんでしたが、群生地を写真に収めました。 ★2012年03月19日記述 群馬県の「むくるま」村には、「六車カタクリこみち」という植物があるそうです。 ■参

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事実

頼政神社

頼政神社(高崎)

2012/07/16

ネットで調べると頼政神社が結構あります。そこで、群馬に行ったついでに、寄ってみることにしました。場所は高崎市の中心に近い公園の横です。このあたりは水が豊富のようで、満々と水が流れて

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事実

車持神社

車持神社

2012/07/15

車持氏はこの一帯の支配者で、車の里といわれていたようです。群馬もくるまから由来しているとのこと。近くには車川なんていうのもあり、また、轟という地名もあることからいかに車で賑わってい

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事実

mukuruma_thumbnail

群馬県の六車

2012/07/14

群馬県南牧町六車に行ってきました。かなり山深いところにあり、川筋に家が軒を並べています。恐らくこの場所が開けた時から変わってないのでしょう。土地を切り開くのでさえ大変だと思うので、

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仮説

安富氏

2012/07/07

安富氏について調べていると歴史がある家系なので、詳細が不明な部分も多いようです。源氏姓や紀姓、藤原姓があるなど当初は意味がわからなかったのですが、「安富・安冨一族」によると、紀氏か

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事実

河

宮代へ2

2012/06/24

■姫宮神社 姫宮神社は旧百間領の総鎮守で、祭神は多紀理毘売命・多岐津比売命・市杵島比売命の3柱を祀る。社伝では、桓武天皇の孫の宮目姫が当地に立ち寄った際、紅葉の美しさに見とれ、突然

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事実

身代神社

宮代へ

2012/06/23

梅雨の隙間に、夢のお告げを信じて、宮代町に行きました。 夢の中では、「六車」の関東での領地は、「利根川沿い」「身代わり」に関連するところで、 ネットで検索するとヒットしたのが宮代町

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仮説

関東のどこか?

関東のどこか?

2012/06/19

六車の先祖は関東の豪族ということで、どこだったかを推理してみました。 ■下総国埴生郡付近 安富氏の先祖である紀氏が地頭として名前がある ■上総国埴生郡付近 下総ではなく上総と間違っ

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事実

「むぐるま」「ろくしゃ」分布図

「むぐるま」「ろくしゃ」分布図

2012/06/17

解りやすいように、「むぐるま」と「ろくしゃ」だけの分布図も作成しました。 「ろくしゃ」が中央に分布していることがわかります。 長野・山梨は「ろくしゃ」しか存在しないことが特徴でしょ

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事実

六車商店

大泉学園にある六車商店

2012/05/27

ネットで検索していると大泉学園に「六車商店」がヒットします。 そこで、行ってみると残念ながらお休み。しかし、丸に六というものが目につきました。 屋号かもしれませんが、もし家紋なら確

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事実

鎌田家資料に「六車」の名前

2012/05/19

香川県立ミュージアムに「六車長門守朝政」という記述を発見しました。 津田長町家記録や長尾町造田安富家系によると安富氏の4臣として、 六車宗旦、富田左近太夫、滝井豊後、長町太左衛門が

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事実

地域により違う家紋

2012/05/17

都道府県別姓氏家紋辞典によると、以下のようになっていました。 六車は「むしゃ」となっていたので、なんだかなぁという印象です。 というのも、どれが正式な読み方わからなくなるからです。

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事実

長町氏

2012/05/12

安富氏の4臣の一人である長町氏。 1583年(天正11年)5月に長宗我部氏に攻められ、石田城が落城。 その際、肥後の小西行長のもとに奇食していたようです。 1588年(天正16年)

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事実

芦北郡津奈木町

2012/05/12

六車茂一郎翁が書いた津奈木町の郷土史を読みました。 それには加藤家によって津奈木に六車氏が配置されたことが分かりました。 以下要約です。 加藤清正の領地になり城代を派遣して津奈木城

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事実

「六車」比較年表

2012/05/12

  摂津国 讃岐国 肥後国 鎌倉時代 1097年 中右記に「摂津国六車庄住人事」という記述         1265年 六車郷の下

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事実

寒川神社

寒川神社

2012/05/04

富田神社の源流ということで、訪ねました。 歴史が古いのにとにかく綺麗で、鎌倉時代のものもなさそうです。 また、近くに香川という駅があり、香川県の名前の元らしいです。 参考:寒川神社

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事実

埴生郡

下総国埴生郡

2012/05/03

安富氏の先祖である紀重満が下総国埴生郡地頭ということで、 何か手がかりがあるのではないかと思い、訪れました。 よくよく見ると駅名に「安食」という、安富と関係ありそうな駅があります。

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事実

分布図

「むぐるま」「やすとみ」「ろくしゃ」分布図

2012/05/02

リサーチ(12年版)を全国に広げて行いました。まとめると以下のような形になります。 「むぐるま」は珍しい姓だと思っていましたが、探してみると全国にいることが分かりました。 私の父も

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事実

電話帳

電話帳からのリサーチ

2012/04/28

電話帳から先祖の変遷がわかるかもと考え、 関連がありそうな土地の「むぐるま」「やすとみ」「ろくしゃ」をリサーチ。 若い人を中心に固定電話登録しなかったり、携帯のみというケースもあり

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事実

町史

●●町史

2012/04/18

かなりニッチな情報を拾うには、 ●●町史がいいと気づき、 東かがわ市近辺の旧町の史料を当たりました。 「大川町史」「白鳥町史」「長尾町史」「大内町史」 「寒川町史」「志度町史」「脇

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事実

東さぬき市歴史民俗資料館

2012/04/15

東さぬき市の歴史民俗資料館の方にメールして、 「むぐるま」に詳しい方を紹介願えないか依頼しました。 すると携帯までわざわざ電話をくれて、個別の事案で遡るのは、 過去帳くらいしか難し

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事実

房吉

六車房吉

2012/04/10

祖父の父です。明治44年に他界したようです。元力士との話を聞いています。白鳥町に住んでいたらしいです。 ひょっとしてこちらと関係あるかもしれません。 1853年(嘉永6年)3月23

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事実

除籍謄本

生まれた土地から始める自分の証明

2012/04/07

自分の先祖を探るためにも、まずは自分の出発点に立ち返ることが一番。 そう思い立ち、自分の本籍がある場所の役場に、郵送による戸籍証明の取得を実施しました。 現在、返事を待っている状態

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仮説

「むぐるま」と「ろくしゃ」2

2012/03/27

六車の先祖は関東の豪族と「大川町史」に書いてありました。 そして、別系では藤原秀郷の子孫としての安富氏より分家して「六車」を名乗っていました。 そうなると、苗字分散説は全く見当外れ

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事実

六車家文書

2012/03/24

熊本の六車氏のことをネット調べていたら、 「六車家文書」という本が発行されているのを知りました。 国会図書館にもあるそうなので、見に行こうと思います。 ■2012/03/24 追記

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事実

関東?

六車の先祖

2012/03/24

大川町史にちゃんと書いてありました。 やはり郷土史は見るべきですね。以下抜粋です。 六車宗旦 安富氏の長臣で左衛門太夫朝満といい、宗旦(宗丹・惣丹・宗湛・宗探)と号した。先祖は関東

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事実

家紋色々

六車家の家紋いろいろ

2012/03/17

昨年、白鳥町で六車さんのお墓を巡った時に、家紋を撮影させて頂きました。 ※無断でごめんなさい。 六車の由縁である六本骨源氏車が一つもありません。 私の家と同様の剣片喰がありましたが

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事実

雨滝山

雨滝山合戦記

2012/03/13

■2012/03/24 記述 帰農後の富田中村畠方検知帳の記載。 ・弐拾弐石三斗壱升 宗旦分 ・五石四斗弐升八合 又兵衛→長町氏からの養子、長門守朝政の子? ・弐石壱斗六升壱合 せ

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事実

六車食堂

南千住にある六車食堂

2012/02/29

東京都荒川区南千住に六車食堂があるとのことで、土曜日の昼に伺いました。 すると、残念ながら休日。しかし、お店の看板には、六本骨源氏車の家紋がありました。 しかも、変わり車ではなく、

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事実

伍

熊本の六車家 2

2012/02/12

熊本の六車さんより頂いた情報によると、家紋は六本骨源氏車ではなく、「伍」が入った文字紋だそうです。ネット辞典によると「伍」は仲間を現す言葉とのことで、勝手にその当時の苦難や困難を想

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事実

白鳥霊園

白鳥墓地

2012/01/25

家紋がある場所として墓地があったなと思い、白鳥墓地にある「六車」家を片っ端から探しました。すると、意外や意外。ひとつも、六本骨車がありません。しかも、結構違うんですよね。片喰や三本

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事実

東讃

香川県東讃

2012/01/23

ネットが普及する前は、苗字の由来という本をよく読みました。しかし、あまり「六車」姓はでてきません。よっぽどローカルな苗字なんだろうなと思っていましたが、香川の東讃には多いというでは

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